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利休流茶道の開祖 千 利休

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一期一会

●茶道をひとつの芸術として完成させた千利休が『茶の心』として唱えた言葉で、「一生にただ一度しか出会いはない」という意味。利休は、「幾度、同じ主客と交会するも、今日の会に再びかえらざることを思えば、実にわれ一世一度の会なり」と、そのときの出会いを二度とないものと思い、「賓主ともに応ぜざれば、芸の道にあらず」という。

 

●主人も客も、この出会いに互いに共鳴し合わなくては茶道が成り立たないという。これは、茶道についてだけでなく、われわれの日常の生活における人との出会いについても言える。

 

●豊臣秀吉は、利休の主君であるとともに、茶道では利休の弟子である。秀吉は最後には怒りにかられて利休を死罪に処するが、この「一期一会」の精神を利休から学び、体得していたといえる。

 

●1590(天正18)年、秀吉が小田原に北条氏を攻めたとき、伊達政宗が勝敗の行方をうかがっていて、参陣に遅れた。秀吉は遅参と会津などへの侵略を詰問した。政宗は遅参はわびたが、「奥州五十四郡は伊達家代々の支配地で、わたしが領するのは正当である」と答えている。

 

●政宗は秀吉が関東以西の覇者ならば、自分は奥州の覇者であるという自覚を持っていた。秀吉は詰問の後、政宗に茶を振舞った。そして、
「わが陣営をとくと見せてやろう」
と、山上にさそった。
「陸奥殿、これを持ってくれぬか」
秀吉は刀を政宗に預けて、先になって山へ登り、布陣を詳しく説明した。

 

●のちに政宗は側近に語っている。
「太閤は斬るなら斬れという覚悟であろうが、わしにはそんな気は
毛頭なかった。ただ太閤の天威に恐れ入った」

 

●利休から体得した「一期一会」の精神が躍如としている。この山上の『出会い』で秀吉と政宗の間は「勝負あった」といえる。秀吉はただちに会津領ほかを没収し、政宗を旧領の米沢に移した。

 

●人と人の出会いには、このように真剣な心構えで臨みたい。


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