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戦国武将 武田信玄

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為せば成る、為さねば成らぬ、成る事を成らぬと捨つる人のはかなさ

●武田信玄は武勇に秀でていたばかりでなく、歌を詠むのもたくみであった。冒頭の歌もその一つである。物事は決断と実行によって成るのに、初めから諦めてやろうとしない人が多いのをなげいているのだ。

 

●信玄は領国の民が洪水の被害にあって苦しむのを見て、堅固な堤防を築く決意をした。その中で最大のものが、「信玄堤」の別名で呼ばれる竜王堤だ。

 

●この竜王堤は、駒ヶ岳に端を発する釜無川の氾濫を防ぐためのもので、全長二千九十メートルにわたって幅十一メートルの石積みを施したものだ。この竜王堤は現在でも護岸の役を果たしている。

 

●信玄のこの治水工事は、堤を堅固にするだけでなく、釜無川に斜めに流れ込む御勅使川を、直角に流れ込むように川筋を変えるという遠大なものであった。御勅使川が斜めに流れ込めば、釜無川の流れに勢いがつくが、直角に注げば勢いは弱まる。信玄はさらに御勅使川が直角に注ぐ場所に巨石を組んで水勢を弱める工夫もしている。

 

●この治水工事は完成までに二十年余を要した。「成らぬと捨つる」ようなことは、信玄にはありえぬことだった。信玄の考え出したこうした工法は、江戸時代を通じて「甲州流川除け法」として手本にされた。

 

●鹿島建設元会長の鹿島守之助は、終戦直後、アメリカ領であった沖縄からスケールの大きい土木・建設工事を受注した。とても鹿島建設だけの資金では手に負えない。

 

●だが守之助は、なんとしてもこの工事をやり遂げようと思案したすえ、資金力の豊かなアメリカの大手建設会社モリソン・クヌードセンと合同でやる決断をし、承諾を得た。

 

●日本の大手建設会社の協力も必要だった。数社と交渉した結果、大林組と竹中工務店の協力が得られることになった。工事はアメリカ側四社と日本側三社のジョイント・ベンチャー(共同企業体)という当時としては新しいやり方で成功させることができたのである。


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