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イギリスの作家 ワイルド

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人間は自分の敵を選ぶことに、あまりに不注意である

●ワイルドは世紀末思潮を代表するイギリスの詩人・小説家。その代表作『ドリアン・グレイの肖像』中の言葉。

 

●友を選ぶときの心得についてはいろいろいわれるが、敵ないしライバルに対していわれることはあまりない。しかし、資質や才能、性格などの大事さは、ライバルも友人も同じである。

 

●戦国合戦の華といえば、川中島の戦いは代表的である。上杉謙信、武田信玄の両雄が信濃、千曲川の川中島に十二年間、五たびも戦ったが、ついに、雌雄が決しなかった。謙信と信玄は宿敵でありながら、一種不思議な友情でつながっている。

 

●信玄が駿河の今川、相模の北条両氏と紛争を起こし、塩を断たれたことがあった。信玄も領民も大いに困った。

 

●これを伝え聞いた謙信はライバルの苦境を喜ぶかと思いきや、急遽、塩を信玄に贈り、「このたびの今川、北条の仕方は武将として卑怯である。戦場で勝敗を決するのが武将である。塩は必要なだけ送ろう」と手紙を送っている。

 

●信玄は三河の徳川家康、尾張の織田信長をつぶして京へ一挙に攻め上ろうとし、元亀三(1572)年十二月には、三方ヶ原の戦いで家康に壊滅的な打撃を与えた。しかしこの冬、肺結核が悪化して、戦陣で没した。

 

●信玄の死が謙信のもとに知らされたとき、謙信はしばし瞑目し、そして、
「ああ、わがよき敵を失えり」
と悲痛な面持ちでつぶやいたという。

 

●同じ知らせが家康にももたらされた。彼も家臣にこういったという。
「わしは信玄の兵略を知ることで兵法を学んだ。それに武田が隣国なればこそ、軍事にも民政にもいちだんと心を砕いてきた。そういう相手がいないと、自分の国もよくならない。敵ではあるが、その死はまことに残念である」

 

●「我天下を治むる事は、武田信玄と石田治部少輔(三成)両人の御陰にてかようなりし」
 家康、晩年の述懐である。


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